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田辺敬輔 | 田辺プレス株式会社 

2022. 08. 14.
Text: photo creation pupa
Photo: photo creation pupa

金型製造から機械プレス作業、それらに付随する切削加工や組立作業までこなす田辺プレス。一般的なプレス加工よりもきれいな剪断面を作るシェービングプレス加工やファインブラインキングといった精密プレス加工、県内でも扱える企業が少ないマグネシウムのプレス加工など、技術力が必要とされる加工に挑み続けています。近年、単工程の工場では珍しい自社製品の開発まで手がけた田辺プレス株式会社 田辺敬輔さんに話を聞きました。

入職した当時はプレス加工をしていたという田辺さん。しかし、今では組立作業と事務所での仕事をメインにしています。

「普段は介護用具の組立と申請書類の作成などの事務作業がメインで、そんなにプレスの方には入らないかな。でも間に合わないときはプレス作業もします」

4人姉弟の末っ子長男ということもあり、幼い頃から家を継ぐことを意識していたと言います。「家を継ぐんだぞ」「会社を継ぐんだぞ」と周囲から言われていたこともあり、自ずと工業系大学に進学を決めたそうです。

「男が自分だけだったので自分が継ぐんだろうなって思っていました。大学を卒業して地元の工場で就活もしたんですけど、自営業の長男はとってくれるところがないんですよ。就職して仕事を覚え始めた頃に家業に戻るって思われるし、それだと取らない方がいいよねって(笑)。三条近郊ならなおさらかもしれない。これってある意味、地域課題なような気もしますね」

就職活動しても道がないと考え、社長である父親に相談することに。そして卒業と同時に取引先の高知県の会社で2年間、修行することになりました。すぐに田辺プレスに入職せず修行に行ったのは、「外の企業で現場の人の立場を知っておきたい」という思いからだったという田辺さん。すぐに家業に入ってしまうと「社長の倅でちやほやされて…」と周りから見られてもおかしくない。だからこそ、「最初は外の会社で現場仕事を」と決めていたそうです。

プレス作業を請け負う田辺プレスですが、自社製品として歩行器などの介護用品を開発。その理由を聞くと、マグネシウムの加工を始めたことがきっかけだったと教えてくれました。

「私はまだ入社前だったのですが、新潟県がマグネシウムを使って加工技術を研究するプロジェクトが2000年に立ち上がり、県内から100社ほどが参加していたそうです。そのプロジェクトの中でうちはプレス屋としてできる加工を確立。それに加えてマグネシウムの溶接を手掛ける三条市内にある溶接屋 アークリバーさんと協力して一緒に加工技術を磨いてきました。とりあえず技術はできたけど、それを何に使うかって考えたときにマグネシウムは軽いから介護用具がいいんじゃないのかって思いついたんです」

しかし、マグネシウムの加工は危険を伴います。切削や溶接時にマグネシウム自体が発火する恐れがあるため、マグネシウムを加熱し、温度管理をしながら加工をしないといけない。それほど大変な作業を地道に研究しながら、ようやく加工方法を確立します。

開発当初は車椅子を作ったという田辺さん。しかし、作ったはいいけど全然売れなかったらしいですよと苦笑い。その後、車椅子で作った一部分の加工技術を応用して杖を作ってみようと作り始めたら、田辺プレスの介護用品の主力になるほどに成長します。

「こんな難しい金属、新潟県のそのプロジェクトがなければもしかしたら手をつけない分野だったかもしれないですね。父親がやり始めたことでしたけど、よくチャレンジしたと思います」

そして自社製品があることで田辺プレスとして助かった局面があったと言います。『2008年に起こったリーマンショックの時にはこれがあって助かったし、これがなかったらうちはどうなっていたかわからない』。そう語るほど自社製品である介護用品は田辺プレスにとって欠かせない商品となっていました。売上比率は今では4割から5割。従来のプレスの仕事だけでは立ち行かない時に底支えしてくれているそうです。

「従来の仕事が儲からないっていうか、減ってきている実感はありますね。昔は、プレスの仕事で1つの種類を5,000とか10,000個とか平気で注文があったのに今は多くて3,000とか、少ないと500とか。プレスは量産向けの仕事だから500だけ作って、金型を変えたりして仕事の段取りを組み替える作業が増えるとわりに合わないんです。金型も何十万もかかるから500だけなら金型を作らずに他の加工の方法を考えた方がいいよって提案するしかないです」

田辺プレスのプレス加工はシェービングという技法がメイン。プレス加工をしたあとの断面、剪断面を綺麗に出す技術です。この工法のやりかたは、2種類。このくらい綺麗な断面に仕上げてという先方の指示に従いプレスして、抜いた後にもう1つ次の工程を挟み指示通り仕上げるのか、1回の工程でここまで仕上げるのかのどちらかです。この2つを比べると、1回で終わらせる方が圧倒的に手間がかからない。このような剪断面の綺麗さを要求される仕事にこそ、田辺プレスの強みが出てくるのです。

田辺さんに仕事をする上での信念を伺うとものづくりの将来の課題とも言えるものでした。

「今の仕事だけをずっと続けていくっていうのは会社として停滞すること。そうならない程度に新しいことを少しずつやっていって、徐々に徐々に時代に合わせた舵取りをやっていければと思っています。いきなり急転換とかは会社とか従業員に負担がかかるからできるだけしたくないんですよね。今は高齢者が多いから介護用品が必要とされているかもしれないけど、時代が変わって高齢者が少なくなった時に次どうするかって考えておかないと。売上が減ってきてから考えてたら間に合わなくなるんで」

田辺プレスを自分の代で潰したくない。気負いやプライドみたいなものがあると笑いながら話をしてくれました。

「今請けている仕事についても見直しをかけていきたいなと思っているんですよね。自分が生まれた時から続いているような古い仕事は本当は割に合わないものもあったりして。その取引先から新しい仕事が来るから赤字にはならないけど、割に合わない仕事を続けることのは得策ではないよね。会社としての考え方や仕事内容の新陳代謝は必要になると考えています」

とはいえ、自分の後の世代になったら、それはその人がどうするか。息子さんはいるものの、彼の意思を大切にしたいと考えているそうです。

「息子が継いでくれたら嬉しいですけどね。まぁ、息子の人生もあるから直接は言えないかなぁ。継いでくれたら嬉しいし、息子が継がないと決めたら他の会社に売っちゃってもいいし。廃業するだけが会社の終わらせ方じゃないとは思っています」

ものづくりを取り巻く環境の移り変わりもどんどん早くなっている昨今、それについていかないと会社としては生き残れないと田辺さんは言います。

まだ自身が社内でデザインや設計には関われてないという田辺さん。自分が構想から関わったものを製品化したいと今後の展望を語ってくれました。

「ものはなんでもいいかなと思っていて、自分のアイディアが形になって世の中に出ていくっていうのは社会人としても目標っていうか、達成できたら嬉しいポイントかな」

この地域にたくさんある工場が各々、得意分野の加工技術で協力し新しいものづくりをする。持っていてワクワクするものだったり、いつも持ち歩けるような実用的なもの。プレスは金型が必要なので試作をするのが難しい面があるものの、新しい視点やものづくりに携わっていると見えなくなる客観的な視点を大事にしながらものづくりをしていきたいと言います。

単工程の工場では珍しく、すでに自社製品を持っている田辺プレスで自分の携わる商品を作りたいという田辺さんの向上心に圧倒されました。マグネシウムという困難な加工にチャレンジをした社長を父に持つ田辺さん。その精神は、受け継がれたものなのかもしれません。